現代の日本の食を形容して「飽食」という言葉が使われます。世界中から野菜やくだも
の、魚介類などが運ばれてきて、季節を問わず食卓を賑わすようになり、ひと昔前に比べても私たちの食卓は格段に豊かになりました。しかし、そのような豊かさとは裏腹に“食”をめぐる場面は、危機的な状況にあります。
消費者の食に対する興味はつきることはなく、グルメ、健康・自然指向、安全・安心とますます多様化し、それに合わせるように食に関わる産業も競争激化の中、新しい業態開発や異業種の参入が続いています。メディアは食をエンターテイメントとして取り上げ、一方、経済のグローバル化がもたらした一部の輸入食材に対する不安が起こりました。次第に食の安全性に対する消費者のニーズが高まり、地産地消、スローフードといった地域に根ざした食への取り組みが活発化してきています。食の現状を見直し、少しでも健康で安心な未来を構築するために、今しなければならないことを考えてみましょう。
なぜ野菜の“旬”がなくなってしまったのか。
「日本には四季があるため、もともと食材の種類は多くはなかった。」 築地御厨の店主・内田悟氏はいいます。ほんの数十年前の日本でも、その気候や風土にあった作物を作っていたので、本来は季節ごとに出廻る食材の種類は限られていたのです。
しかし、近年の食の多様化に伴って、消費者の料理に対するレベルが上がってきました。それは、海外旅行で食べたものや食のブランド指向から、求められるものは日本の食文化からかけ離れたものだったのです。
「特に野菜は日常的なものなので目新しいものはなかったんです。そこに問題があった。ハウスを建てて、旬ではないものを作るようになってしまった。特に飲食関連の人が望んでしまったんですよ。それに応えるために一年中安定したものが作れるように品種改良をしてしまった。もともと暑い気候でしか作れなかったものを、寒い地域でも作れるように人間が変えてしまったんです。それが悪いこととは思いませんが、それじゃ“旬”て何なの?といったときに、何を基準にするか。」
気候・風土にあった自然栽培には旬がある。
日本の食を大きく変えることになった原因は、外食産業も要因のひとつだと考えます。冬に、夏と同じおいしさのトマトが食べられるとマスコミに注目され、ブームになります。すると、それに乗ってさらに人を呼ぶために、もっとおいしいもの、もっと違うおいしさのものを提供しようとします。求められれば、生産者はそれに応えるために繰り返し改良をしてしまったのです。
「日本列島は南北に長く、たとえば北海道、東北の冬、雪が降ったときに採れるものって何もない。自然の摂理で、野菜は南から北に上がっていく。今の時期、北海道からどんどん野菜が入ってきているけど、1ヶ月もすれば南に移動する。大根とか蕪とか。それがまた北に上がっていくというサイクルを繰り返している。もともと野菜の原種は日本にはなかったものがほとんど。それが海外から入ってきて育てたわけです。育つ環境はどこで作っても見た目は同じものが作れる。ただし、本来の味を考えたとき、味わいがぜんぜん違うのです。春先のにんじんと冬場のにんじんを比べるとだんぜん冬のほうが味が濃いですよね。やはり路地で栽培した、季節にあったものは比べものにならないくらいおいしい。
年間300種類を超える野菜の種類がありますが、この時季のキャベツはココがおいしい、なぜなら原産国がこうで、日本の風土に合うのはココだから。というところがいっぱいある。全て把握しているわけではないけど、少なからず露地栽培には旬がある。四季を通じてそれぞれの旬があるということ。収穫したら、その種を取っておいて、またその季節になったら蒔いて育てるという、自然のサイクルのままなら問題なかった。今は一年中出廻っているでしょ。」
自然栽培の推進は、まだまだ始まったばかり。
「まさに今の農業は混乱している。有機栽培だ、無農薬栽培だって懸命に作っています。野菜はもともと野の菜のもの、自然のメカニズムでできあがっているものだからそういうものには虫が付かないんです。もともと農薬とは無縁。これが自然栽培の原理なんですよ。虫がよる原因は肥料にあるんだということははっきりしている。ただし、収量が上がらないとか手間がかかるとか、その他いろいろな問題があってすぐには変えられないのが農業の現状なんです。すでに都合良くシステムができあがってしまっているから。」
日本の農業にはまだまだたくさんの課題があります。生産者も消費者も安心して食べられる作物を作り、できるだけ国内産でまかなうことが理想です。
「自然栽培は自然に則したもの。今後どういう栽培をしなければいけないか、自給率を上げるにはどうしたらいいか、オーガニックブームで国も低農薬にしよう、ガイドラインを作ろう、と動き出していますがまだまだ低いレベル。すぐには変えられないのです。」
プロも消費者も、野菜を見る“目”を持ってほしい。
スーパーに行けば、毎日同じ場所に同じ野菜が並んでいます。実はこれはとても不自然なこと。飲食店も家庭も、そういうことを考えて食材を選び、食べる側が安心して「あーおいしいねー」と感じられる世界を作って欲しいといいます。
「だから今あるものを見極める目を持って欲しいと思います。そして旬のものを使って、自分が作りたい料理を作って欲しい。旬のものなら調味料もほんの少しで、野菜が味を主張してくれます。そして旬のもの同士を組み合わせることで栄養的にも優れ、失敗ありません。」 フランス料理の料理人の経験もある内田氏は、旬の野菜の一番おいしい食べ方も提案しています。
旬を見直して原点に返り、春夏秋冬の中で合ったものを作っていくこと。プロの
料理人も家庭の主婦も、惑わされることなく選ぶ目を持って欲しいと、強くおっしゃいます。そして、料理人や一般の人を対象に月一回『やさい塾』を開講しています。
「“食”を支えるのは主婦でしょ。自然栽培かどうか、もし疑わしかったら、少しでも安全にする方法があります。そのために、こういう調理法で処理しようという知識を持ってほしい。やさい塾ではそういうことも教えています。ご自身や家族の健康のために、正しい知識を覚えてほしい。」 日本中の産地へ行き、たくさんの野菜を見て養った目利きの仕方、さまざまな野菜の調理法は、プロの技を活かし
ながら家庭でも作れるようにアレンジしています。『やさい塾』は主婦をはじめ、料理研究家や野菜ソムリエの方々も参加するほど大好評で、数ヶ月先まで予約でいっぱいです。
毎日の食事を安心しておいしく食べるために、次回は有機栽培、無農薬栽培、自然栽培の違いについてお聞きします。
プロフィール
内田 悟(ウチダ サトル)
青果店「築地御厨(みくりや)」店主。1955年北海道生まれ。フランス料理店で修行中、取り引きしていた青果納品業者を手伝ったときに野菜に魅せられ、これがきっかけで転身、野菜とのつきあいが始まる。レストラン専門の野菜納品業者、築地市場内の仲卸店を経て、2005年「築地御厨」を開業。料理人や一般消費者が、自分の目と舌で野菜を目利きできるようにと『やさい塾』を開講している。